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物書きチャレンジの道中 2010年07月22日 未分類日記 トラックバック:0コメント:0

文章って奥が深いもんだなぁ。

たとえばーだね

おちゃらけていて、威圧感の「い」の字もないような、社会人の優男である。
年齢に偽りがなければ6歳上、ということになる。キャラネームは「モリオ」だった。

という、ごく遠目な説明文があるとする(↑ここ晒すだけでも実はそこそこ危ないw
これを

「いやぁー、今日も疲れたなぁ。あ、こんばんは。どうです、一緒にビールでも」

彼は、人懐っこい様子で話しかけてきた。キャラネームは「モリオ」という。

「いえ、私は未成年ですから」
「ああ。そうかそうなんですかぁ。いくつなの?」
「16です」
「へぇ。じゃあそうすると、6個下ってことか。若いねー」

という会話文で適当に読み手に人格を想像させ、かつページ数も稼げるという、
そして堅苦しい文面を少しほぐすという意味合いも出来て、
同じテーマと内容でも、効果がいろいろ変わってくる


んで、当たり前のことなんですが、実話を基本にしているとあって、
生活の面白かった部分のところは思い出しやすいし、書き起こしても面白くなるけど、
逆に全く面白くない部分をそのまま書こうとすれば、当然小説自体が面白くなくなる。
ので、起きた出来事の順番をちょっと変えてみたり、だいぶ脚色を加えんとならんことになる
逆に、自分にとってはこの場面は大事だなー と描写したいところでも、
こりゃ読者にとっては必要ねぇだろー と思う部分は苦渋ながらもガンガン削ったり


それから、書きながら妙なことに気付いてしまったりする。
何か「手癖」というか、「口癖」みたいなのがあるんですね。
心理学やってる人とかが見たら、何かを感じてしまうんじゃないか
と思うほど、同じ言い回しが何回も使われる。
ちなみにそれは「結局」という単語でした。
もしかしたらこのブログでも結構使われてたりするのかもしれない。「結局」。
これが何べんも使いまわされたら、「私は消極的です」という自己紹介を
顔に書いて歩いてるようなもんなんじゃないか、と怖いですー先生ー怖いです。
や っ ぱ り 文 章 は 怖 い で す
音楽よりも奇なりです。


んー。でも、完成ぐらいはさせたい。なぁ。

テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

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