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深層意識下の理想と、現実 2010年07月08日 思考垂れ流し トラックバック:0コメント:0

さっき、ある体験を通して、ぐるぐるぐるぐる考えてた。
これは、別段初めてのことじゃない。
でも、どうして毎回こうなるんだ?

人間関係と、少々私の内面的なお話です。


たとえば(あくまで喩え話です。現実はもっと抽象的ですが)
たとえば班長がいて副班長がいて、一般メンバーがいるとしたら、
私はできれば「一般メンバー」に紛れ込んで、無難な時間を過ごしたいとか
思っているほうなのに、なんやら気づいたら副班長みたいになっているわけだ
それも、仕事ができるわけでも面倒見がいいわけでもないのに、です

で、どーしてこうなるのか、と分析すると


たぶん相手の求めるものに、過度に合わせてしまう傾向があるからで、
さらに、それが自尊心の満足にも繋がるという連携があるために
周囲も自分も、妙ないやらしさを見落としてしまうタチの悪さがある。

よく言われるのは「いい人」とかいうことです。
そうです。感情を露にぶっ壊れたりして迷惑をかけなければ
あるいは相手(あるいは団体の長)が求めるものを捧げていれば
誰でも簡単にいい人ポストに付けてしまいます。
そうして精神的に信用されたり、必要とされたりします。
たぶん私は深層意識下では、そういうものを狙っているんじゃないかと思う。
もちろん、意識的にやっているつもりはなくて、でもいざコミュニケーションの最中、
大波が変な方向に流れていってしまうのを自覚することがあります。
さっきが、そうでした。
でも、「自尊心の満足」と連携しているために、
頭の片隅では満更でもないと思っている部分もあるためか
ブレーキがかかることもなく、そのまま行ってしまうのです。
しかし、最終的には自分自身の首を絞めているんじゃなかろうか。
基本的に面倒事が嫌いだから、焦ることもある。

どうしてここまでわかっているのに、毎回そうやって
求められるものを返してしまうのか。
そしてそれが、自分の求めるものと一致してしまうのか。


たぶんあれは、私にとっての理想像なのでしょうね。
前書きでは伏せていましたが、これはネット上のコミュニケーションの話であって
当然のようにリアルでは こういうこと(ナチュラルに副班長)にはなりません。
逆に言えば私は、リアルで「こういう構図」がほしいのでしょう。
それが成し得ないからこそのこちら側であって、
そのコミュニケーションが、脳内の理想像に近づけば近づくほど
自意識が沸騰して悪化してしまうんじゃないかと思う。

正直これは、斬らねばならんと思う。

ぶっちゃけ、必要以上にいい人なんてしないほうが
なんていうか、もっとうまいこと世渡りできるんだ、ということは
見てて思うのですよ。でも、真似しようとも、真似できるとも思わなかった。
それ以外の取り柄なんて、見つけられなかったのです。
物心ついたときから、とりあえずいい人として過ごすことで
必要とされようとした、でもそれは毎回うまくいくわけじゃなかった。
なんでその時点で打開策を探さなかったのだろう。考えに及ばなかった。
小学生ぐらいの時点で このことに気づいていればよかったんですが
そんな無茶な。

まぁ、なんだろう。
今からこういうのを制限する方向で
…行きたい。自信ないけど…

そもそも、この悩みは一体何なんだ?なんかまずいことなんてあったか?
3次元と2.5次元のギャップさえ埋まれば必要ないですよねえええええ

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

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